KING OF SPORTS”、または三郷でビッグ・チル


text by Tetsu Suzuki


もしも私が家を建てたなら
小さな家を建てたでしょう
大きな窓と小さなドアと
部屋には古い暖炉があるのよ
真っ赤なバラと白いパンジー
子犬の横にはあなた
あなた あなたがいて欲しい
それが私の夢だったのよ
愛しいあなたは 今どこに


(小坂明子『あなた』1973年)



 先日、新日本軍対真猪木軍のイリミネーションマッチをビデオで観ておりました。
K-1やPRIDEは熱心に見入る妻も、プロレスには入り込めないようです。しきりに「キックが当たっているように見えない」「なぜ逃げない」など、フレッシュこの上ない質問を投げかけてきます。そうした質問のすべてに、僕は「プロレスだから」と答えます。
…こうした状況をなにか哲学用語で説明しようとしましたが、出てきませんでした。とにかく、プロレスというイデオロギー支配下では、僕のように答える人、答えざるをえない人は少なからずいると思うのです。
 では、僕のような答えをする皆さんに質問します。
 まだ、プロレスに夢を見ていますか。

*  


 きっとこれを読んでいる人は大人(年齢が)だと思います。僕は31歳ですが、子供の頃は『プロレス大全科』に出てきた、木こりとか、アパッチとか(両方今は差別用語なのは承知してます)、レスラーの経歴を鵜呑みにしていました。シン3兄弟は本当にインドからやって来た悪人だと思って震えました。今、大人で、プロレスを観る人たちは、ある程度同じような体験をしてきたことでしょう。
 年齢を重ねていろんな知恵を身に付けて、固有の判断基準を持ち、ある人はプロレスを語らなくなり、ある人は別のマット界に転向し、ある人はなんとなく肩身の狭さを感じながらもプロレスを見続けている。いろんな人がいるわけですが、でもプロレスやプロレスラーに夢をみていたことは共通体験として持っていると思うのです。夢、というとややポエティックに過ぎるかもしれません。
 言い換えれば、そこに社会性や現実性を見いだすことはなかった、ということでしょうか。僕にとっては、僕の住んでいる世界とは別の世界でみんな頑張って闘っていてほしい、そういう願いがプロレスに抱く「夢」だと思います。そういうプロレスやプロレスラーを、ここではデフォルト(初期値)として設定してみます。

 ここ数年間で、僕のベスト・デフォルトレスラーは佐々木健介です。健介は女子最強・北斗晶と結婚しました。二人は95年の4月に平壌遠征で運命的な出会いをし、そして同年10月にスピード入籍。埼玉県三郷市(水と緑と出会いのまち、らしいです)に、白亜の豪邸を建てました。数年前に雑誌に掲載されたリビングの写真を見ましたが、華美に装飾されたゴチック様式の調度品の数々、そして自分の等身大写真パネル。神棚。そのごっつい趣味のリビングでアニマルプリント系のスウェットを着てほほえむ健介は、僕のデフォルトをみごと体現していました。髪型もアメリカン(横を短くカットし、襟足をのばす)だったと記憶しています。

 さて、僕がプロレスに求めてしまうデフォルトを否定する出来事が最近、起こってしまいましたWJです。奇しくもデフォルトレスラー・健介が頑張ってる団体です。そこで起きたことは、あまりにも現実的な、給与遅配問題でした。読まれた人もたくさんいらっしゃるでしょうが、改めて03年10月26日付のスポーツニッポン記事から引用します。

『7カ月にわたってWJに出場してきた大森隆男(34・フリー)に25日、他団体参戦の可能性が浮上した。給料遅配問題などに対して反選手会同盟結成などで抗議を続けてきたが、もはや我慢も限界。フロント側の不誠実な対応に業を煮やした大森は、フリーという立場を利用した実力行使も辞さない構えだ。
 WJだけで戦ってきた大森がついに他団体への興味を口にした。「他団体参戦?当然です。だって、そうしなきゃ生活できない」。WJは先月、選手の給料未払いが表面化した。(中略)8、9月がノーギャラだった一部選手とフロントの話し合いでは2カ月分の給料支払いで合意。だが、40%カットとされる10月以降の給料とともに支払いの期日は決まっていない。大森の言い分は家族を持つ一個人としては当然の主張だ(以下略)』。


 *


 社長や専務の責任、客入りの悪さ、道場の安全管理、長州の求心力の落ちざま、谷津の文筆業転向、「ゴング金沢ってどうよ」、団体ロゴの格好悪さ等々、WJについての論点は山ほどありますが、今は置いておきます。
 問題にしたいのは、大森の「生活できない」発言です。
 記事にあるように、一個人として当然の主張です、それはそうです。わかります。

 でも、デフォルトのプロレスでは、あって欲しくなかった。僕は新日本プロレスを観て育ってきたので、レスラーたちの抗争・分裂・遺恨の歴史も、デフォルトとして設定されていました。
 なぜなら、抗争・分裂・遺恨の原因は、「あいつは俺より弱いくせに偉そうにしやがって気にくわねぇ」「年寄りにはもう任せていられない。俺たちの時代だ」「ごちゃごちゃ言わんと誰が一番強いか決めたらええねん」など、リング内に限ってのこと、そしてプロレスに対する思い
から発生したことだったからです(もちろん、夫人と買い物中に急襲されたから、などのケースはありますが)。それなのに、「生活のため」とは。給与未払いとは。遅配とは。40%カットとは。大森よ、お前は昇給ゼロ・ボーナスなしのサラリーマンの共感を得たいのか。
  
 WJという一つの団体が無くなろうがどうなろうが、それも一つの流れなので僕は別に知ったことではないのですが、プロレスにデフォルトを、はっきり言って「夢」を見ていた僕にとって、この発言はあまりに残酷なものでした。
 そこで、僕は健介にお願いしたい。大森を自宅に招いてやってくれませんか、と。
 大森だって、幼い頃はプロレスに夢をみていたに違いないのです。健介邸(白亜の豪邸)のデコラティブなリビングで、北斗晶(最強)の手料理(たぶん高カロリー)に舌鼓を打つあいだに、忘れていた夢を思い出してくれることで
しょう。なんなら長州も、宇都宮あたりで飲み会などを開く暇があったら、ファンと一緒に健介邸を訪れるとよいのです。永島専務も、福田社長も。
 おや、選手たちが三々五々集まってきました。越中も、天龍もいます。ボビッシュの姿も見えます。
 健想も照れくさそうに帰ってきました。安生は焼肉をふるまうのでしょうか、さっきから炭を熾していて、もう真っ黒です。
 WJ三郷大会の始まりです。
 
 大会は、和やかな笑い声に包まれてきっと夜通し続きます。そうして夜が明ける頃、WJの解散が発表されることでしょう。

          (2003年11月吉日)


 

name: スズキ テツ
birth: 1972年8月30日生まれ。兵庫県西宮市出身。大阪市在住。
prof: エディター、コピーライター。元「エルマガジン」誌副編集長。巨乳・樽腹好き。