ゴアの風

 

 

 

 着陸モジュールが着地し、ちょっと揺れて静止したとき、不思議な充足感がこみ上げてきた。
 天気はかなり悪かった。
 しかし、地球のにおいがした。
 たとえようもないほど甘美でうっとりとするようなにおいだった。
 そして、風。
 宇宙に長く滞在したあとに肌で感じる地球の風は、ほんとうに心はずむ思いがした。

    (宇宙飛行士 アンドリアン・ニコラーエフ)  

 2003年12月21日から2004年1月28日まで、僕は遂にインドのゴアに辿り着いた。
 初めてTRANCE PARTYに行ったのが1996年。
 ゴアは僕の中でいつか行ってみたい「聖地」としてのイメージがあったが、その当時既に周囲から聞こえてくる「ゴアはもう終わった」などという噂もあり、結局ゴアに行かずに時間が過ぎていった。
 しかし、やはりゴアはSPECIALな場所であると、実際に訪れた今は言える。


 ゴアは今でもSPECIALに「快適な」場所である。
 綺麗でながーいビーチ(バイクを飛ばせばパロレムやオームビーチにも行ける)、生い茂るPALM TREE、赤土、抜けるような空、その自然・環境には「Beautiful place」という形容がぴったりである。
 これだけなら各地のリゾートでも堪能できるかもしれない。

 
 しかし、ゴアをそれらリゾート地と比べ、SPECIALなものにしている要因は「風」である。
 特に僕がいたクリスマス・NEW YEARから1月いっぱいくらいは、何とも心地よい風が吹くのである。
 ちなみに現地で友達になったゴアのリピーターによると2月以降から3月にかけてはちょっと暑過ぎると感じる日もあるとのこと。
 その風は強すぎず、弱すぎず、まさに「地球の羊水に抱かれる」ようである。
 宇宙飛行士が地球に戻って来た際に風を感じ、地球との肌と肌での「つながり感」を取り戻すように、この風を感じる為だけにゴアを訪れるというのも有りだな、と思う。
 近代の合理主義、科学信奉が、すべての系を分断化・細分化し、こうした「つながり感」を失わせてしまったことが現在世界や身の回りで起こっている暗い部分の大きな原因になってしまっていることは今更ここで言うまでもないかもしれないが、そうした中で風は、自分が宇宙・地球という生態系の欠かせない一部なのであり、すべてのものはつながっているということを感じさせてくれるものだ。
 そういう意味でゴアはヒトを「原点に戻す風」をもっているという言い方ができるかもしれない。

 次にゴアのまち・生活であるが、これは、「PARTYがたくさんあるまち」ではなく、「PARTY及びPARTY PEOPLEが生活してまちができあがっている」という方が正確だろう。
 特にPARTYが生まれたアンジュナではそうした言い方が相応しい。
 まずそこに来ているトラベラー及び在住者のほぼ100%がPARTY PEOPLE。
 中にはゴアはパラグライダーのポイントとしても有名らしく、パラグライダーメインで来ている人もいたりするのだが、そうした人々も踊りに行く。
それと実に濃いインド人たち。
  このインド人たちの生活基盤はこうしたトラベラー向けの商売で成り立っており、何よりPARTYというカルチャーに対して絶妙に馴染んでいる。
 ゲストハウスのおばさんたちなどもにっこり笑って「going party?」などと声をかけてくるのが挨拶代わりになっている。
 もちろんゴアのPARTY名物のチャイ・ママ(PARTYの際に会場の周辺でチャイなどを売っている現地のおばさんたち。 何故か必ずPARTY会場に現れる。)も健在だ。
  あとPARTY中に踊っている目の前に現れる水売り(これがまた水を買って欲しそうな目をしてるんだわ)や花売り、牛に踏まれる芸をするインド人など数え上げれば切りがないほどだ。(ホントthat’s Partyと言ってもいいくらいはまります。)
 

 まあ、こうやって人が増えすぎて、経済的な側面も拡大してしまい、騒がしくなってしまったことが(特にクリスマスからnew yearに関しては物凄い人や車、バイクで、 お世辞にもシャンティとはいえない状況も確かにある)、80年後半からのゴアのリピーターたちが「ゴアは終わった」と言うことにつながっているのだとは思うが、一つの現実として、面白くなったといえなくもない。
 

 さらにアンジュナでは、夕方からナイン・バーやプリムローズなどのオープンエアーカフェで音が流れるからPARTYをはしごすることになる。
 こうした「通常小PARTY営業」のカフェからクリスマスやNEW YEAR PARTYなどのPARTY会場への移動は、バイクで移動することになる。
 これがかなり面白い、というかPARTYの一部分と言える。
  周りはみんなPARTY PEOPLEだし、移動する間の風景や星は綺麗だし、移動した先で本当にpartyがやっているかは行ってみないとわからないという先の読めなさはあるし。
  とにかく濃密な体験だ。
 まあ、バイクで排気ガスを出していることは確かなので100%肯定してはいけないのだけれど、そこにある精神性は「ノマド(遊牧民)の中のノマド」と言ってもいいのではないだろうか?
  世界を放浪し、かつその放浪者が自然と集まったゴアでPARTYを探してさらにその中を放浪し、ダンスする、というノマドロジーが底流にある。
 そう、ノマドロジーの風が吹いている。
 

 肝心のゴアのPARTYについてであるが、これはもう圧倒的なパワーである。
  正直サウンドシステムは日本のPARTYのほうがいいし、流れている音楽も基本アッパー系のワンパターンという捉え方もあるが、ゴアのPARTYはそうしたものを「細かいこと言ってんなよ」、と思わせてしまうくらいパワフルだ。
 これはやはり人のパワーだと思う。
 最近はデリーやボンベイから金持ちのインド人がPARTYを覗きに来たり、メジャーになっている分、人が多すぎたり、ということはあるのだが、最後まで踊っているやつらはやはり本当に踊り好きのやつばかり。
 日本でずっとPARTYに行っていたので正直「新しさ」はあまり感じなかったが、PARTYの原点を改めて見た気がする。
 ゴアではそのSPECIALに快適なロケーションと爆発的な音とパワフルな人とのバイブレーションがたくましい和音の風となって吹いているのだ。
 これが「ゴア・トランス」と呼称される理由だろう。


 最後にゴアにもダークサイドは存在する。
 例えば騒音問題。
ちょうど今シーズンは、地元の新聞を読む限り、ゴアのPARTYによる騒音問題が裁判沙汰になっており、Hill TopでのNEW YEAR PARTY以降、ポリスによる締め付けがかなり厳しくなった。
 PARTYがポリスの介入によって止められてしまったり、中にはミキサーがポリスによって持ち出されて音が止まってしまったりなどというありえない光景も目撃した。
 ここまで規模が拡大している以上、地元民がPARTYを全員歓迎しているわけではないという現実がある。
 ポリスがPARTYを止めるのはPARTYを開く為のバクシーシを吊り上げるなどの思惑もあるのだろうが、少なくとも騒音問題は地元民への影響も大きいと思うので、今 後はうまく共存できる形を目指さなければならない。
 ちなみに1月はPARTYができなかったり、止められた事が多かった分、今シーズンは2月以降、壮絶な盛り上がりを見せたらしい。
 僕は残念ながら体験できなったが、残念。
 

 旅というのは楽しくもあり修行でもある。
 自由の風に吹かれる分、自分自身に責任がかかるし、また旅、TRIPというのは現実に戻るときにいかにして戻るか?が問われるものである。
 かく言う僕も、ゴアの旅から現実に戻っての行動は、正直できていない。
 ただ、繰り返して自分自身にも言うのだが、旅、TRIPは戻る時に何を持っていけるかが肝心であり、その意味で楽しくもあり、修行でもあるのだ。
 

 以上、ゴアについて述べてきたが、これはゴアのほんの一部でしかない。
 ただ言えるのは、今もゴア周辺は旅するに大いに価値ある場所であると思う。
 ある意味PARTY PEOPLEが作った最も規模の大きい街であるし、またシャンティーな場所を求めるなら少しアンジュナから離れた場所に行けば、そういった場所はある。
 PARTYもあれば、マーケットもあればビーチもある。
 人のパワーがある。
 そして何よりトラベラーや現地インド人との出会いの場として、最高の場所ではないだろうか?

 

  goaのbeachにて

 

 

SIMOON

1972年横浜生まれ(現在も在住)

現在フリーター。
PARTYと横浜ベイスターズをこよなく愛する男。